子供がようやく寝付いた後の静寂は、親にとって唯一の自由な時間であり、宝物のようなひとときです。しかし、その静寂を切り裂くのが、寝室の「ドアのラッチが引っかかる」あの音でした。生後半年になる息子は非常に敏感で、わずかな物音でも目を覚まして泣き出してしまいます。彼を起こさないように、寝室を出る時はいつも忍者さながらの慎重さで行動していました。レバーハンドルを最後まで静かに押し下げ、ドアをミリ単位で動かし、最後にゆっくりとハンドルを戻す。その一連の動作の途中で、ラッチがストライクの角に「ガチッ」と引っかかった瞬間、私は全身から冷や汗が出るのを感じます。案の定、ベッドから「ふえぇん」という声が聞こえてきた時の絶望感といったらありません。昼間なら気にならない程度の些細な不具合が、育児という極限状態においては死活問題になるのだと痛感した出来事でした。夫に相談すると、「古いから仕方ないよ」と一蹴されましたが、私にとっては深刻でした。そこで私は、子供が昼寝をしている隙に自力で修理を試みることにしました。まず、家にある鉛筆を削って、その粉をラッチボルトの表面に丹念に塗り込みました。黒い粉で指が汚れましたが、背に腹は代えられません。さらに、ドア枠のストライクプレートのネジを少しだけ緩め、わずかに外側へずらして固定し直しました。するとどうでしょう。あんなに私を苦しめていたガチッという衝撃音が消え、代わりに「スッ」と滑らかに閉まるようになったのです。その日の夜、私はかつてないほどの緊張感を持って、しかし心の中では少しだけ期待しながら寝室のドアに手をかけました。ラッチが引っかかる感覚はなく、驚くほど静かに、そして完璧にドアが閉じられました。息子は微動だにせず、穏やかな寝息を立てています。ドア一枚の不具合が、これほどまでに私の精神状態を左右していたのかと驚くと同時に、自分で行った小さなメンテナンスがもたらした平穏に、深い安堵を覚えました。ドアのラッチを直すことは、単に建物を直すことではなく、私の自由な時間と、息子の安眠を守ることそのものだったのです。私たちは単なる修理屋ではなく、入居者様の快適な生活を支えるパートナーでありたいと考えています。ドアのラッチという小さな部品ひとつにも、設計者の意図と、管理者の気配りが詰まっています。引っかかりのない滑らかなドアは、管理が行き届いていることの何よりの証左であり、それが巡り巡って物件の資産価値を守ることにも繋がるのです。